ひとりでもにんげん

旅好きなのにインドア派、一人でどれだけ遊べるか

【シベリア鉄道一人旅】久しぶりの会話と、しでかしたミス

2016年 8月13日(土)

ウラン・ウデ駅にて客室に一人残されてしまった、と思ったら入れ替わりに英語の話せる同居人ができた。言葉に飢えていたところにこれはありがたい。いや、僕だって英語がそんなに話せるわけじゃないけれど、ロシア語よりは何十倍もコミュニケーションが取れる。つまり、会話ができる。

 

「どこから来た」

「日本」

「日本! 日本人に会うのはこれが初めてだ」

 

彼らはベルギー人ロシア人の男二人組だった。語学留学先のドイツで知り合い、それからというものこうして時々二人で旅行しているんだそうだ。一ヶ月かけてロシア各所を巡り、これからモスクワへ向かうところだ、と、そう話してくれた。

しかし英語を話せるロシア人とはなんて貴重な存在なんだ。つまりは通訳だ。僕はまず今まで耳にして印象に残っていたロシア語がどういう意味だったのかを彼に聞いてみることにした。

 

「聞きたいことがあるんだけど……『パスマットリ』みたいな言葉を色んなところで聞いたんだ。あれってどういう意味?」

「それは『見てよ! Look look!』って意味だね。何かに指を差しながら使うかなあ」

「あ、確かにそうだったかもしれない。じゃあ『ターク』は?」

「それは同意とか肯定の相槌かなあ。『そうだね』とか、『Yes』とかそういう感じ」

 

またロシア語の語彙が増えた。これは使えそうだ。続いてベルギー人がこんな質問をする。

 

「ベルギーというと日本人はどんなイメージを持ってる?」

「……チョコレートとワッフル」

「ああ、みんなそう言う」

 

うーん、微妙な反応だ。

 

「それから、やたら公用語が多いって聞いたことあるよ。4つくらい言語があるんだっけ?」

「そうだ。映画館へ行くと字幕が二つ並んでて……だからもしベルギーに言っても映画は観るな」

「ロシアは大抵全部吹き替えちゃうから字幕が羨ましいよ」

「へぇ」

 

なかなか話を膨らませることができた。しかし決め手に欠けるな。

 

「あと、ベルギーはいい武器を作るよね」

「なんだって?」

「武器だよ。あー……銃だよ。ファブリックナショナルがあるところでしょう?」

「FN社を知ってるのか?! そうなんだよ! そんな風に言われたのは初めてだ!」

 

やたら熱くなるベルギー人。いや、ゲームで得た知識も結構役に立つものだ。形はどうあれ自分の母国を褒められるのは嬉しいようで。

 

「知ってるか? 第一次世界大戦フランツ・フェルディナンドが撃たれて始まっただろう? あの時に使われた銃はベルギー製だったんだぜ

フレンチフライを知ってるか? 知ってるよな? あれもベルギー生まれだ

 

今後使う場面があるかどうかわからない知識を得てしまった。しかし、「そうか、日本からはそういうイメージを持たれているのか……」という彼の独り言は否定しておいた。一般的なベルギーのイメージといったらやっぱりチョコレートとワッフルだろう。銃じゃない。それはあくまでベルギーに対する僕のイメージだ。

 

そんなわけでベルギー人とは打ち解けることができた。一方ロシア人の彼(その名もイワン)はそんな僕らを見てニコニコするばかりだ。物静かで、僕とベルギー人が盛り上がっている間は二段ベッドの上段に寝転がっていた。僕らの話題がひと段落つくたびに「ヴァーニャ! お前はどう思う?」とベルギー人に呼び出しを食らっているのが印象的だ。ヴァーニャとは多分イワンの愛称だろう。

 

三日分の会話欲を満たしていると、列車は突然開けた場所に出た。廊下に出て、車窓からの景色を確認する。

 

バイカル湖だ。俺たちは『シー・バイカル』って呼んでる」

 

ベルギー人がそう教えてくれた。これがバイカル湖か。確かに見た目は「シー」、海に違いなかった。対岸が見えない。果てしなく水平線が広がっているように見える。 これが湖だとは信じがたい。

 

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 夕暮れに見えるがこれでも夜の20時である。ひとしきりバイカル湖を眺めた後、親睦を深めた僕らは三人で夕飯を食べることになった。お互いに食料を持ち寄る。

僕は彼らからジャム入りの小さな丸いパン(確かラズベリージャムとかだった気がする)と、皮のないソーセージを貰った。それに対してこちらがお返しできるものといえば、やたら量のあるビスケットとサラミくらいだ。ソーセージとサラミで保存肉が被ってしまった。

 

そこで僕はカバンの奥底に眠らせておいたあるものを取り出した。ボンタンアメだ。日本っぽい味、かつ長期間携行できるものとして一つ持ってきていた。まだ封も開けていない。

 

「ジャパニーズオレンジのソフトキャンディーだ。あげるよ」

「こりゃどうも」

 

出た出た、ボンタンアメとファーストコンタクトした者が必ずやること、オブラート剥がしだ。それは剥がさずともそのまま食えるんだ、と二人に教える。

 

「……どう?」

「うん、すげえインタレスティングな味がする」

「いいんだよ、本当のことを言ってくれても」

「おいおい、ヴァーニャ! 本当のことを言ってくれってよ!」

 

総評はやはりインタレスティングな味ということになった。確かに日本人でも嫌いな人ははっきり嫌いだからね、ボンタンアメ

 

僕のメインディッシュはお得意のカップ麺だったのだけれど、イワンがそれに抵抗を示していたのが印象的だった。「それ、体に悪いよ。食べるとお腹痛くなるでしょ?」と言うのだ。別にそんなことはないぞ。ただ最後までとっておいたそれは辛いタイプのヌードルで、舌は確かに痛くなった。パッケージからは想像がつかないほど辛かった。

 

夕食を終えると、ベルギー人が持ち込んだノートPCとDVDの山とで映画の上映会が始まった。「俺のPCはTOSHIBA製で、俺の時計はSEIKOだ! 両方お前んとこのじゃねえか!」とベルギー人は熱くなっていた。対する僕の時計は安物のタイメックス。「何故日本人のお前がそれなんだ」と冷静に突っ込まれた。

イヤホンを二本同時に挿せるアダプターをPCに装着し、イワンと僕とでイヤホンを片耳ずつ分けあう。壁の薄い客車では大きな音を出すのがマナー違反だからということもあったが、大きな理由は列車の走行音がうるさくて内蔵のスピーカーじゃ音が聞こえないからだった。ロシア人、ベルギー人、日本人の三人がシベリア鉄道で観る映画といったらクリントイーストウッド監督作アメリカンスナイパー」に決まっている。……大丈夫か? 題材が重すぎない?

 

字幕なし、オリジナル英語音声で観たが内容はまあまあ頭に入ってきた。細かな人間ドラマはよく理解できなかったけれど、ラストにはそりゃ衝撃を受けたし、それは全員同じだった。この人たち(というかベルギー人)は笑えるシーンではよく笑い、痛そうな場面ではよく唸っていた。特にあの電動ドリルの一連のシーンには三人で「もうやめてくれ!」と参った。忘れられない映画体験になった。

 

映画の後は自然とウノ大会が始まった。最初にカードを7枚配って、同じ数字やら色やらのカードをじゃんじゃか出していくあのゲームである。彼らは暇つぶしのプロだ。それにしてもイワン強い。

しかしイワンがカードを配る番になり、間違えて6枚だけカードを配分したりすると、「ロシアの教育水準は低いからな!!」とベルギー人が笑って彼の肩を叩くのだった。彼が言うとそれが何の嫌味も持たない軽口に聞こえて、イワンはもちろん僕も一緒になって笑った。修学旅行のような瞬間だ。ロシアの真ん中で、遅れてきた青春を味わっている気がした。

 

カードを片手に色々と自分たちの国について話した。明るい話題ばかりではない。将来、教育、高齢化、国の借金……。

ところがロシア人であるイワンは「国の借金」というワードにピンと来ていない。

 

「国が借金……? 誰に?」

「「俺たちに」」

「……?」

 

その様子が可笑しかった。実にロシアらしい。

 

また、彼らは地震の話も聞きたがった。

 

地震ってどんな感じ? 地面が揺れるんだろ? そんなこと本当に起こるのか?」

「起こるよ。だいたいマンスリーイベントだよ

「狂った場所に住んでるなあ!」

 

僕もそう思う。日本はつくづく狂った場所に位置している。

 

さて、日が暮れてきた。そろそろ寝支度をする……わけにはいかない。今日がイルクーツクへの到着日なのだ。

実は僕は大きな間違いを犯していた。この記事シベリア鉄道の運行時間は全てモスクワ時間基準だと触れた。それを僕は失念していたのである。イルクーツクへ20時11分に着きたくて切符を予約したのだが、実際に到着するのは午前1時11分。真夜中だ。

彼らもそれを知って心配してくれる。

 

「お前、宿は取ってるのか?」

「実は取ってないんだ」

「マジか」

 

頼れる彼らはイルクーツクの駅周辺のホテルを教えてくれた。特にイワンがロシア語のレクチャーをしてくれて、本当に助かった。時間を間違えてこの列車に乗っていなければ、彼らにも会えていないわけで。

 

「駅前に……こう赤いネオンで書かれた文字がある。これはホテルって意味なんだ。まずはそこへ行くといいよ」

「ありがとう」

「それから……これも宿泊施設って意味だから、見つけたら行ってみて」

「ありがとう!」

 

とても盛り上がった分、別れるのは辛かった。が、いよいよ列車はイルクーツクに到着してしまう。僕は最後に彼らと連絡先を交換して、荷物をまとめた。

 

「お前もモスクワに来るんだろう?」

「うん。予定だと五日後にね」

「着いたら連絡してくれ。また会おう。

 

その言葉がどれだけ心強く、嬉しかったことか。

 

「うん、また会おう」

 

そう握手を交わして僕らは別れた。思えばたった数時間前に知り合ったばかりだが、同じ飯を食い、同じ映画を観て、同じカードゲームで遊んだのだ。本当に濃密な時間だった。

 

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さて、深夜のイルクーツクに到着である。これからどうしようか。