ひとりでもにんげん

旅好きなのにインドア派、一人でどれだけ遊べるか

【ロシア一人旅】ウラジオストク2日目 その2

2016年 8月9日(火)

腹も満たして再び歩き回れるようになった。特に行くあてもなく、僕は付近の海軍基地を観察することにした。ソ連時代にこんなことをすれば拘束されていただろうが、平和な時代になったものだ。艦艇にカメラを向け続けても、誰からも何も言われない。

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▲遠近法を無視するほどでかい軍のトラック。時おり一般道を走っておりギョッとさせられる。

 

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▲「綺麗な建物だなあ」と思い何気なく撮った写真。帰国後調べるとここはロシア太平洋艦隊司令部だとわかった。時が時ならきっとスパイ容疑である。

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▲艦隊。どれだけ見ていても飽きない。

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▲この迫力のあるゴテゴテした構造がたまらない。

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▲軍施設のゲート。さすがに僕は入れそうにない。一般人らしき人を船の上に見た気がするけれど、あれは軍人さんのご家族とかなんだろうか……。

さすがに疲れたな、とiPhoneを見ると、このとき既に15000歩も歩いていたことが判明した。そりゃ疲れるわけだ。どこか座れるところがないか探し、そういえばフェリーターミナルの中に座り心地の良さそうなソファーがあったと思い出した。フェリーを眺めがてら、そちらへ向かうことにする。

 

陸橋を渡りターミナルへ入ると、ソファがあった。室内の静かな噴水を四方から囲うように、八つほど置いてある。コーヒーショップもそばにあり、休むにはうってつけの場所だ。僕はフェリーが見える方に置かれたソファに深く座り、荷物を抱きしめて少しの間微睡んだ。

 

が、それもつかの間。隣のソファーに誰かが座ったので目が覚めた。横目に見るとその人物は真夏なのに黒いジャンパーを羽織り、薄汚れたズボンと穴のあいた革靴を履いた、一目で浮浪者風とわかる男性だ。僕は少し気を張った。

 

そのおじさんが不意に話しかけてきた。もちろんロシア語で。僕はあらかじめ覚えておいた数少ないロシア語、「私はロシア語が話せません」で対応すると、おじさんは自分の腕を指差してこちらを覗き込んだ。その時初めてその人と目が合った。青い瞳。そして金色のまつ毛。髪も見事な金髪だ。

 

僕は警戒した。この人は腕時計を狙っているんじゃないか? つまり、僕の腕時計を盗もうとしているんじゃないか、と。でもだからと言って時間を教えないというのも人間らしくない。それは嫌だ。僕は心の中では警戒しながら、おじさんの方へ文字盤を向けた。ちゃんと12時が真上になるように。

 

おじさんは大きく頷くと、礼を言ってくれたようだった。ちなみに僕はこういう時真っ先に狙われないよう、腕時計は日本製ではなく安物のタイメックスを使っていた。それでこの人は興味を失ったのかもしれない。こいつは金にならないな、と。

だがそうではなかった。おじさんは次々と積極的に話しかけてくるのだ。まるで独り言のようだったが、何を聞かれているのかは不思議と理解できた。

 

「お前はどこから来た。ベトナム人か?

「違う。日本人だ」

「日本人? 何しに来たんだ。仕事か、学生か」

「学生だ」

「じゃあ勉強しに来たんだな。留学生か」

「違う。僕は旅行者だ」

「旅行者? 日本からここへ? どうやって」

「船で」

「船。あれか、目の前に止まってる」

「そう、あれだ」

 

だいたいこんな感じのことは確かに話したと思う。中国人でも韓国人でもなく、「ベトナム人」とまず聞かれたのは強烈に覚えている。僕はその時日焼けしていて肌が黒かった。そのせいもあるだろうが、ロシア人が思う「単独行動をしているアジア人」といえば、まずはベトナム人が連想されるのだろうか。かつては同じ共産主義だった国だ。

 

「ずっとここにいるのか?」

「いや、モスクワへも行く」

 

その先へも、と言いたかったが何と言えばいいかわからず、ひとまずここでは最終目的地はモスクワということで話が進んだ。精一杯の身振り手振りと、最低限のロシア語でもコミュニケーションは取れるものだ。僕らには共通点があった。暇で、時間があるということだ。だからじっくりと時間をかけて、言葉をやりとりできた。

 

その後どうやってそのおじさんと別れたかは覚えていない。持っていたキャラメルを渡そうとして拒まれた記憶があるが、それはこの人相手ではなかったかもしれない。だがこの浮浪者風のおじさんが、僕にとって最初のロシア語での話し相手となったのは事実だ。端から見ればロシア語とは呼べないレベルの言葉のやりとりだったかもしれない。それでも「やりとりをできた」というだけで嬉しかったし、自信がついた。

 

その後も散歩を続け、海軍の博物館らしき場所にたどり着いた。隣接する公園のような空間には大砲やらが野ざらしで展示されていて、小さな男の子を連れた家族が遊んでいる以外に客はなかった。円形に置かれた展示物をぐるりと見ていると、その男の子が大砲に帽子を引っかけたままトテトテと走って行ってしまった。僕は「おーい」とその子を呼ぶ。その子は再びトテトテとこちらへ走ってきて、帽子を受け取ってくれた。可愛い声で、「スパシーバ」とお礼が返ってくる。そんな些細な出来事が嬉しかった。

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▲大砲まみれの公園。……公園?

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▲「大阪砲兵工廠 大正元年製」と読める。日露戦争時の戦利品だろうか、とも思ったけれど、あれは大正より前の出来事だったよな? じゃあいつここへ持ち込まれたのだろう?

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▲小さな戦車もいる。某ゲームで見覚えのある人もいるだろう。僕はちょっと興奮した。

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▲猫もいる。平和だなあ。

お腹が空いてきた。今日は勇気を出してレストランに入ってみよう、とビーチへ向かって歩いていると、なんとフェリーで会った大学生二人組に出くわした。久々に日本語が口から出てくる。

「どこか食べるところ知りません?」

「あっちにロシア料理を出すレストランがありましたよ。今食べてきたところなんです。名前は〇〇だったかな」

「〇〇ね。ありがとう、行ってみます」

 

そう一方的に情報を貰って、別れた。彼らは今夜ハバロフスクに向けて列車に乗るらしい。無事でありますように。

 

と、貴重な情報源から教えてもらったレストランだったが、店に入るなり追い出されてしまった。店員さんの女の子にこう言ったのだが。

 

「アジーン(一人です)」

「アジーン? ニェート!(ダメ!)」

 

突っぱねられてしまった。確かにあの二人組が教えてくれた店だ。人種差別ではなさそうだ。それとも予約でいっぱいなのだろうか。店がいっぱいだというなら席が空くのを待たせてくれてもいいのに。そもそもレストランとは一人じゃ入らせてもらえないものだろうか。

 

僕は宿に戻る方角へ歩いた。どうしようか。今日はちゃんと腰を落ち着けて栄養を補給したい気分なのに。そう思ったところに、「カフェ」の文字が目に入ってきた。宿のそばにそんなお店があるとは、昨日は気づかなかった。

 

「一人です」

 

店に入ると、ものすごい美人のお姉さんに案内された。窓際のテーブル席。そうか、カフェなら一人でも大丈夫なんだな。渡されたメニューを見ると、「パスタ」の項目があった。どうやらお腹いっぱいになれそうだ。表記は全てキリル文字で、「カルボナーラ」と「ポモドーロ」しか読めないけれど。まあとりあえず、一品目は決まった。カルボナーラにしよう。

 

「シトーエータ?(これは何ですか?)」

 

便利なロシア語を使う場面がやっと来た。値段の安いメニューを指差して、お姉さんにそう聞いてみる。僕がロシア語のできない人間だとわかると、お姉さんは必死の英語で伝えてくれた。

 

「これは……ポークの……フライドした……」

 

それだけわかれば充分だ。よくわからないそれと、カフェなので飲み物にモヒートを注文し、夕飯にした。

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まず運ばれてきたのは謎のメニューとモヒートだった。モヒートは刻んだミントとライムのカットが添えられた本格的なもの。これが300ルーブル。やはりお酒は結構する。

謎メニューの正体は揚げ餃子の親玉みたいな代物だった。生地の中にひき肉と玉ねぎを刻んだものが詰められており、それをナイフとフォークで一口大に切りながらトマトベースのソースにつけて食べればいいらしい。結構なボリュームのものが2つついてきて、160ルーブル。これはお安い。味は何というか、想像通りの美味しさで安心する。

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カルボナーラもめちゃくちゃおしゃれなお皿でやってきた。たっぷりかけられたチーズがにくい。これで350ルーブル。安い……。

空になったモヒートのグラスを見て、「おかわりは?」とお姉さんに聞かれてしまった。僕はお姉さんに負け、二杯目のモヒートを注文した。じゃなければ値段の釣り合いが取れない気がした。

満足。モヒート二杯で600ルーブルカルボナーラが350、揚げ餃子の親玉が160ルーブル。合計は1110ルーブル。およそ2200円。……こりゃモヒートを頼みすぎたな。まあたまにはいいか、と1200ルーブルをお会計に出すと、100ルーブル札がお釣りに返ってきた。

……いや、お釣り多いですよ。酒に酔っていてもそれくらいはわかる。店員さんにそう訴えても、「いいのいいの」の一点張りである。その反応はつまり、意図しての行為ってことだ。僕も一応貧乏旅行者。頂けるなら遠慮なく頂いちゃいますよ?

 

しかしこの現象、この先でもロシア各所で出くわすことになる。