ひとりでもにんげん

旅好きなのにインドア派、一人でどれだけ遊べるか

【シベリア鉄道一人旅】イルクーツク - モスクワ 一日目

2016年 8月16日(火)

朝。9時ごろに起床、というよりも起こされた。同室には誰も居ないはずだがなぜ……? と寝ぼけた頭で声の方を見ると、乗務員のおばさんが廊下から話しかけている。そして茶色い紙袋の包みを手渡してくれた。これは何だろう、と中を覗いてみると、入っていたのは軽めの朝ごはんだった。そうか、ここは通常の二等車ではなく、Upper 2nd Class、つまりちょっとだけサービスがいい二等車だったのだ。モスクワまではそんな客室を試してみてもいいかもしれないなと、席を予約した時の自分は思ったのだった。

 

おばさんは更に、何やらラミネート加工されたメニューらしきものを渡してくれる。が、全てロシア語表記で何が何だかわからない。まあ、食べられるものなら何が来ても嬉しい。僕は適当にメニューを指差して、今日一日の楽しみにすることにした。何が出てくるかはその時までわからない。

 

紙袋の中身は黒パン半切れ、チェリージャム入りの、歯に染みるほど甘いマフィン、それから水の小さなペットボトル、そしてお口直しのメントスのようなキャンディが一つ。靴べらなんかが入った身だしなみセットも入っていた。

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朝食にしては少し心もとないので、これにビスケットと紅茶、それにりんごを追加してエネルギーを溜めた。でも隣人も居ないこの環境では、消費するカロリーも少なそうだ。

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シーツがセットされているのが僕の席。完全に一人である。せっかく二段ベッドの下の方に席を取ったので、腰掛けながらぼーっと外の景色を眺めるなどしてみるが、薄曇りでうら寂しくなってくる。

 

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見えてきたのは寂れた集落。うーむ寂しい。昼寝をするにはまだ早い時間なので、読書をして午前を過ごすことに決めた。持ってきた文庫本三冊に加え、リストビャンカのホテルで青空文庫の書籍を何作品分もiPhoneにダウンロードしておいたから、今読むものには困らなかった。つい昨日もイルクーツク駅の待合室で、夏目漱石の「こころ」を初めて全部読了したところだった。こんな話だったんですねえ……。

 

昼食は日本から持ってきたインスタントマカロニをお湯で戻して食べた。登山用品店で二つほど買ったものの片割れだ。ロシア製のカップ麺に慣れた体に、日本のインスタント食品は凄まじく美味しく感じられた。テクノロジー。それと、馴染みのりんごを二つ、そしてサラミを二切れ。

 

あとは読書と昼寝をして過ごした。時間はたっぷりある。 もう読み終えてしまった一冊をもう一度はじめから読み返し、疲れたらベッドへ横になる。理想的な生活スタイルだ。

 

17時になると、朝注文した食事が運ばれてきた。白い容器の中に、蒸した鶏を蕎麦の実で和えたもの、グリーンピースとコーンの山が入っている。夕食にするには少々心もとない量だったので、りんごで腹を満たした。りんごは残り9個。鉄道での残り三日間、朝昼晩と一個ずつは食べられそうだ。

 

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20時。クラスノヤルスクという街に停車した。電光掲示板の時計表示が「15:16」になっているのは、何度も言及するがシベリア鉄道のダイヤがモスクワ時間で運行されているためだ。つまりここはモスクワとはまだ5時間もの時差がある場所だということになる。イルクーツク-モスクワ間の時差と変わらない。時計の針はまだ直さなくて良さそうだ。

 

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ここでようやく話し相手を見つけた。日本語のやたらうまい中国人のお姉さんと気弱そうな眼鏡のお兄さんのコンビだ。僕から会話を仕掛けるきっかけはなかったと思うから、きっとその二人側から話しかけられたのだろう。最初はかなり警戒した。この人たちはきっと人民解放軍のスパイなんだと思った。お兄さんがにこやかな無口というのも怪しい。

しかしまあ、よくよく考えれば僕なんかをスパイしても面白い情報は出ないだろうから、徐々に肩の力を抜いて久々の日本語会話を楽しんだ。そのお姉さんは大学で日本語を学んだといい(本当かよ)、日本のドラマを見てさらに語力を磨いたのだという。結婚できない男はいいドラマね!」と熱弁していた。

 

そんなお姉さんに気になることを聞いてみた。

 

「お二人はどういう間柄、あー、関係なんですか?」

「私たち? ……友達! ただの友達!」

 

僕らの会話を不安げに見つめるお兄さん(こちらは日本語が通じないので英語で)にも聞いてみた。

 

「二人はお友達なの?」

「……うん」

 

どうやら微妙な関係のようだ。しかし二人で旅するくらいだから仲はいいのだろう。スパイ説はまだ完全に拭っていないが。

 

そんななかなか楽しい同行人を列車に見つけると、僕一人だった客室にも同居人が入っていた。ロシア人のおばあさんと、これまたロシア人の壮年のおじさんだ。二人に挨拶して、敵意の無いことを示した。

おばあさんの方とは拙いながらも会話をし、お互いモスクワまでこの列車に乗ることを確認した。おじさんの方は乗って早々どこかへ姿を消してしまい、この人こそ本物のスパイなのかもしれないなと思わせてくれた。風貌はダニエルクレイグに似ていなくもないし。

 

22時。就寝時間になってもおじさんは部屋に戻らなかった。向かいのベッドに横たわるおばあさんと「なんなのかしらね」という風に顔を見合わせ、消灯した。謎な人たちの多い一日だった。