ひとりでもにんげん

旅好きなのにインドア派、一人でどれだけ遊べるか

【シベリア鉄道一人旅】イルクーツク駅にて二度目の乗車

2016年 8月15日(月)

f:id:springtruce:20181018110118j:plain

イルクーツクの駅には夜の22時に着いた。だが列車の出発は午前1時過ぎだ。これから三時間あまりを駅で過ごさなければならない。まあ、今夜の寝床は確保されているのでそれほど気は張らなくていい。ロシアの夜を過ごすなら駅はまず安全だとあの時学んだのだ。

 

待合室のベンチに腰を落ち着け、まずはメモ帳に日記を書いた。これだけでやろうと思えば一時間は潰せる。新鮮な記憶と写真の撮影時間を頼りに、その日一日の行動を振り返るのだ。この作業は、決して多くはないお金の管理の役割を果たすという面もあった。

ロシアに入国してからの8日間で、およそ1万700ルーブルを使ったということが判明した。当時のレートで約1万7千円。シベリア鉄道の料金は別だが、食事代や宿泊費を全てまとめてこの金額に抑えられたというのはなかなかにいいペースだ。その気になればまだまだ切り詰める事はできるだけの体力はあったし、どうやらロシアは乗り切ることができそうである。

問題はその先、ユーロ圏に入ってからの物価だったが、まだこの時点では想像だにできなかった。脳みそはすっかりルーブルで物事を計算するように切り替わっている。

 

そんな作業をしていると、不意に僕の左隣に座るほっそりとしたおばさんが何か話しかけてきた。当然ロシア語だ。何のことなのかわからない。僕は少ないロシア語彙の中から「ロシア語は話せないんです」と絞り出して返すと、とても悲しそうな顔をされてしまった。このおばさんは何を訴えかけているのだろう。

 

ジェスチャーで何とかやりとりして理解したところによると、どうやらおばさんは席を立つのでその間自分の荷物を僕に見ていて欲しいということらしかった。それならお安い御用だ。僕は「ダー、ダー」と大きく頷いて、わかったと親指まで立てた。

 

おばさんが席を立ってから、僕の前のベンチに座っていた中国人らしきおじさん(あるいはアジア系のロシア人)が、「あの人は顔を洗いにトイレへ行きたかったようだよ」と身振り手振りで教えてくれた。なるほど、確かにおばさんはタオルを片手に戻ってきた。礼を一言くれた。しかし、ロシア語もわからない国籍不明のひょろひょろ男に荷物の番を頼むとは、このおばさん勇気がおありだ。僕が盗人に見えても決しておかしくはないだろうに。

 

f:id:springtruce:20181018114514j:plain

電光掲示板に目をやると、僕の乗り込む列車の到着予定時間がついに表示された。モスクワ時間で20時11分、つまりここでの午前1時11分だ。何番線のホームで待てばいいのかはまだわからないというのがロシアらしかった。

 

ところで、僕の目当ての列車の一段下の列車の表示がどうやらおかしいということにはお気づきだろうか。「989 ウラジオストクからモスクワ 10時18分着」という項目だ。引っかかるのは掲示板右端の項目、「ОПОЗДАНИЕ」に「11:00」とわざわざ表示がされていることだった。この「ОПОЗДАНИЕ」、Googleの翻訳機能で調べてみるとなんと「遅延」という意味だった。つまり11時間の遅延シベリア鉄道は列車の遅れも大陸級らしい。そのスケールの大きさに驚くとともに、僕が乗るのがその列車でなくて心底よかったと思った。

 

今夜の寝床となる列車は予定通り到着してくれるようだった。隣のおばさんに別れを告げると、笑顔で会釈をしてくれた。もしかしたら彼女こそが、11時間もの遅延を起こしている列車の乗客なのかもしれないと思ったのはその時だ。

 

f:id:springtruce:20181018120020j:plain

予定より早くホームへ出ると、列車が到着するまさにその瞬間を目撃することができた。走る列車が風を起こし、冷えた肌をさらに冷たくする。深夜発の列車に乗り込む列はまばらで、搭乗の手続きもすぐ済んだ。とっとと中に入り自分の客室を探す。

 

内装はウラジオストクで乗ったものよりもかなり新しい。廊下の出入り口前後には電光掲示板まで備え付けられていて、外気温などが表示されていた。部屋の扉などもカッチリしている印象で、全てが新しい。

 

モスクワまでの僕のベッドは右側の下の段。しばらくすると乗務員のお姉さんがシーツと歯ブラシセットをくれた。ベッドメイクタイムの始まりだ。マットレスに黙々とシーツをかけていく。それにしても同室の乗客がやってこない。

 

マットレスに腰掛けて発車時間を待てど、一向に同室の住人は現れなかった。どうやら今夜はここに一人で眠れるようだ。思う存分服を脱ぎ、洗いたてのシャツに着替えてやった。そして布団をかぶると、線路の奏でる心地よいリズムを子守唄に、すぐ眠った。部屋に一人でも、貴重品の入ったポーチを胸に抱いたまま。