ひとりでもにんげん

旅好きなのにインドア派、一人でどれだけ遊べるか

【シベリア鉄道一人旅】ウラジオストク - イルクーツク 三日目

2016年 8月13日(土)

旅立って一週間。この日は色々なことがあった。

 

 目が覚めたのは7時頃。いつもより早いのはなぜかというと、向かいのベッドのソーニャ親子が慌ただしく支度をしているからだった。上着を着て、カバンに荷物をまとめている。

7時半にもならないうちに列車が止まった。ソーニャ親子が降りていく。ダスヴィダーニャ! ロシア語で「さようなら」という意味だ。そう挨拶したはいいものの、どうやら長く停車をする駅のようで、僕も朝食を食べないうちに下車することにした。

 

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ここは「チタ」という駅らしい。湖の向こうに工業地帯の見える、比較的大きな街だ。僕にとっては馴染み深い地名で笑ってしまう。日本にもそんな名前の地域があるのだ。

朝とはいえ、ジャケットを羽織っていても肌寒いくらいの気温。それなのにパンツ一丁で煙草を一服しているロシア人を見かけた。そんなことをしているのは彼一人だったので、ロシア人にしても体温が高い方なのだろう。

 

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列車に戻る途中、ソーニャ親子をまた見かけた。家族と再会している様子だった。もしくはこれが帰省なのだろうか、それはわからない。僕に気づくとソーニャ親子は意外にも手を振ってくれたので面食らってしまった。僕も笑って手を振り返す。さようなら。もうきっと会うことはないのだろう。ソーニャ、きみが叱られた後に僕がこっそりキャラメルを渡したのはずっと内緒だぞ。

 

ベッドが一つ空っぽになった客車に戻ってきた。列車はまた動き出す。大きな湖の上に、カモメが何羽も飛んでいるのが窓越しに見えた。こんな内陸にカモメか。大陸を渡って海からやってきたのだろうか。それともここの出身だろうか。もしかしたら、渡りの途中に少し湖に寄っただけなのかもしれない。

 

朝食も摂らずにしばらく景色を眺め続けた。この辺りはなかなかいい風景が続いたのだ。

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この大きなカーブで初めて客車たちを牽引する先頭車両を見ることができた。途中下車するときはいつ列車が再出発するかわからず不安で、自分の客車からあまり遠くまで離れられないのだ。改めて見ると本当に長い列車だとわかる。

 

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だだっ広くなだらかな山の麓に、人工物らしきものが密集しているのが見えた。肉眼ではわからないのでカメラのレンズを目一杯ズームして、その方へ向けた。

 

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簡素な柵で囲われた土地に、白く薄い板状のものや、籠状になった塔のようなものが並べられている。それらの周りには花。一目でお墓なのだとわかった。周囲には人家も何もない。ただ墓地だけがぽつんとそこにあった。花が枯れていないところを見るに、結構頻繁に人が訪れるのだろうか。どうやってこんな僻地に来るのだろう。

 

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それにしてもここは本当にいい景色が続く。あの山の上なんか、ずっと走っていって登りたくなる。そんなことを思っていると、天気は徐々に崩れ始め、ついに雨が降り出した。窓ガラスにも水滴が走る。

 

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雨降る大地の向こうに牛が数頭見えた。誰かに飼われているものだろうか。それとも野生化しているんだろうか。牛の群れの横を通り過ぎると、今度は馬のようなシルエットが。これも誰かの持ち物?

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景色を堪能したところで遅い朝食にすることにした。昨日キオスクで購入したバナナを三本。全部で五本あったのだが、そのうち二本は既に傷んでいた。ロシアの果物は足が早いようだ。管理はしっかりしなければ。

 

12時15分あたりでタイムゾーンをまた一つ跨いだようだ。なぜそれがわかるのかというと、持ってきたiPhoneの時間表示が自動的に地域に合わせて変わるからだ。今回はその瞬間を目撃できた。それにならって、時計の針も一時間戻す。カメラの内蔵時計も忘れずに。こうしてまた11時代が始まった。何度経験しても不思議な瞬間だ。

 

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人が少なくなったところで改めて部屋の写真を撮ってみた。僕のベッドは左上。足を完全に伸ばして寝転がるには少し長さが足りないが、おおむね清潔で快適だ。ちなみにこの時僕は三日間同じTシャツを着続けていたが、いたって清潔だ。同室の人たちも服を着替えている様子はなかったし……。

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 隣の部屋にいたってはもぬけの殻になっていたので一枚だけ失敬した。下段のベッドは写真に写っているように上へ折りたたむことができ、その下には収納スペースが隠されている。下段の運賃が高いのも頷ける。でも、乗客たちはそんな収納空間を共有して使っていた。僕も使わせてもらった。

 

お昼を食べ損なって再び外の景色を眺めていると、隣の部屋の日本人女性も窓辺にやってきた。お互い熱いお茶を飲みながら、少しだけ喋った。

線路脇の草むらには雑草に混じってアサガオやヒマワリが咲いていた。だから確かに季節は夏らしいのだが、気温といい空気といい、僕にはロシアの夏は春に感じられた。つくしのデカいのだって生えているのを見かけた気がする。

そのことをなんとなしに話すと、その女性は「秋ねえ」と言った。「だってほら、リンドウが咲いてる」と、道端に数多咲いている青い花を指差した。そうなのかもしれない。遠くを見ると、紅葉している森も見えた。そうか、秋か……。

 

 15時過ぎ、相変わらずお昼を食べ損なっていた僕に同室のお母さんが小さなりんごをくれた。プラムもバナナも腐らせてしまった僕にはありがたすぎる施しだった。食物繊維の味がする。とても美味しかった。

 

16時。再び列車が停まった。今度はよくある一瞬の停車である。と思うと、客車の廊下を練り歩く声が聞こえ始めた。僕らの部屋にもそれはやってきた。今の駅で乗ったと思われるおばさんが、魚の燻製はいらないかと、声を上げて販売していたのだ。一人分には一匹は多すぎる。興味はあったが、結局買うことはなかった。

 

16時45分。ウラン・ウデ駅に到着。降りて駅名を確認するよりも前にそうだとわかったのは、隣の部屋の日本人女性が下車する支度をしていたからだ。旅の安全を互いに祈って、別れた。

同室のお母さんと少年もここで降りるようだ。ダスビダーニャ。やはり別れの挨拶をして見送ると、少年はホームで母親と父親らしき人に出迎えられていた。なんだ、やはりこの方は少年のおばあちゃんだったのだ。

 

ウラン・ウデはかなり大きな街のようだ。車内からもそれはわかる。

ここは個人的に忘れがたい街となった。線路脇の壁に、「2+2=5」とスプレーで落書きがしてあったのだ。計算違いではない。見る人が見ればわかる。ロシアの街にこの落書きは、なかなかシャレにならないぞと思ったのを覚えている。

 それにしても部屋に一人残されてしまった。久々の自由とも言えるかもしれないが、かなりの寂しさを感じる。今日はこれから孤独に過ごすことになるのだろうか。

 

そう思ってベッドへ横になると、新しい同居人がやってきた。白人の男性二人だ。今までは女社会だったから嬉しくなった。ロシア人だろうか。ズドラーストヴィチェ、と挨拶の先制攻撃をすると、ズドラーストヴィチェ、と返ってきた。そのまま二人は例のベッドメイクを始める。

ところが二人の会話を聞いていると、どうやら英語を使っているようなのだ。僕は一気に嬉しくなった。この人たちとはきっと会話ができる!

 

「ちょっと待って、今英語を喋ったね?」

「……ん? なんだ、お前も旅行者か。ロシア人かと思ったよ。ズドラーストヴィチェなんて言うから」

「僕もそう思ったよ」

「どこから来たの?」

「日本」

「日本! そうか、日本人に会うのはこれが初めてだ。なあイワン?」

「そうだね」

「よろしく。俺はベルギーから来た。こっちの眼鏡はロシア人のイワン」

「初めまして」

 

三人でしっかりと握手を交わした。この出会いが、この旅での重要なポイントとなる。