ひとりでもにんげん

旅好きなのにインドア派、一人でどれだけ遊べるか

【一人旅】韓国にて途中下船

2016年 8月7日(日)

安い二等船室だからか、それとも船旅の特徴か、寝床に横たわった体にはベッド越しにもエンジンの細かい振動がよく伝わる。それが心地よくて昨夜はすぐ眠ってしまった。いつまでも寝ていられそうだったが、今朝はけたたましい船内放送で起こされ、否応無しに早起きとなった。共有洗面所の蛇口からは必要以上の勢いで真水が出る。海に囲まれているわけだから、ろ過装置があれば水には困らないのだろう。(しかしだとすれば昨夜の風呂のお湯の少なさは何だったんだ?)

 

顔を洗って新しいシャツを着て、まずすることといえば決まっている。甲板に出て海を眺めよう。

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▲海。360°どこも海。

船尾の方を見ても、船首を覗こうとしても、右舷にも、左舷にも、「地上」というものは見つからなかった。飛んだり浮かんだりしている白い水鳥以外、海と空しかない。雲もない。

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▲早起きの先客がすでに居た。

それだけしかない光景だったけれど、見ていて不思議と飽きなかった。海風と強い日差しがなければいつまでも居られそうなくらいだ。どこを見渡しても水平線、という状況を体験できるだなんて想像もしていなかった。日本海はそこまで広い海ではないと、勝手にそう思っていたからだ。その認識は改まった。

 

そろそろベッドに戻ってもう一眠りしようかと思っていたところで、一人の女の子に話しかけられた。僕より後にデッキに出てきて、やはり何をするでもなく海を眺めていた子だ。何となく目が合い、挨拶をしたら、それを皮切りに他愛ないおしゃべりが始まった。お互いにアジア系の風貌なのに同じ国の人間ではないとなぜかわかるもので、共通言語は一言目から英語。

そんなに英語は得意ではないのだけれど、こっちは言葉に飢えていたから必死で喋った。話せるのが嬉しかった。持っていたメモ帳とペンで、お互いの名前をアルファベットで書き、自己紹介し合った。まずは出身の話から。彼女(Dさん)は韓国人で、僕は日本人。Dさんは僕よりも英語がうまい。

彼女は2日間日本を家族で観光して、これから帰るところらしい。学校は夏休みで、看護師になるため勉強をしているとのこと。「鳥取のどこを観光したの?」と半笑い気味で質問すると、やっぱりまずは砂丘を見るのだそう。それから、韓国ドラマのロケ地になった場所があって、そこも観光スポットになっていると教えてくれた。へぇ。

 

「どこまで行くの?」と聞かれたので僕は誇らしげに「イギリスまで行くよ!」と答えると、期待通り驚かれた。やったね。しかしDさんの驚きポイントはそこではなかったようで。

「この船でロシアまで行くの! この船にそんなに乗るの!」と驚かれてしまった。なんでも彼女の部屋は家族向けの雑魚寝ができる大部屋で、小さい兄弟もいるせいか、よく眠れないのだそうだ。「でも今日はもうすぐきみの国に着くじゃない。よかったね」と笑うと、Dさんは少し寂しそうな顔をした。旅行が終わるのはやっぱり寂しいらしい。

 

気づくと小一時間ほど話し込んでいた。柄にもなく二人一緒に記念撮影をしたりして部屋に戻ると、僕はなんだか一つ自由になった気がしていた。どうやら初対面の、日本語が通じない相手でもかなりのコミュニケーションを取れるらしいぞ、と自信がついたのだ。ありがとうDさん。昨日の夜ナッツをくれた姉ちゃんもありがとう。

 

そんなわけで僕は昨日から存在を認識してはいた、同室の日本人らしきおじさんに思い切って話しかけることにした。昨晩ベンチに座る時、「よいしょ」と無意識に漏らしていたおじさんだ。

話してみるとその方は僕よりベテランの旅行者だった。このフェリーに乗るのは2度目で、今回はハバロフスクまで行くのだそうだ。しかし列車の予約はしていないと言う。現地で切符を取るのだそうだ。中国の大陸鉄道も経験済み。強い……。

 

と、久々(と感じたけれど考えてみればたった丸一日ぶり)の日本語での会話に花を咲かせていると、船内のアナウンスが入った。どうやら韓国の東海(トンへ)にそろそろ着くらしい。韓国までの乗客はここで下船する。今朝知り合ったDさんともお別れだ。ロビーに出るとスーツケースを持った彼女が目に入ったので、お別れの挨拶をした。お互いの安全を祈った。彼女の親類らしき小さな男の子が途中で茶々を入れてきて、微笑ましかった。

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▲船内のロビーから中央階段を見下ろす。下船する乗客たちが並ぶ。

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▲船の内装はとてもきれい。

午前9時40分ごろ、東海に接岸。まずは現地の韓国人たちが船を降りる。団体客と、入国審査が必要な外国人、僕のような途中下船組は後回し。そう、ウラジオストクまで行く予定の乗客もここで降り、少しだけ観光することができるのだ。ボディバッグに必要なものをまとめ、僕も下船の列に並ぶ。「12時までには帰るようにね」と念を押され、船を降りた。

 

韓国に上陸

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▲東海(トンへ)港。なんとなく日本の景色に似ている。

韓国という国には初めて来た。そういえば今回の旅で初めて入国審査を受ける場所だ。そのくせ下調べなどは全くしていない。パスポートだけで大丈夫なのか?

入国管理官は真面目そうな、眼鏡のお兄さんだった。パスポートとフェリーのチケットを確認され、そして機械で指紋をスキャンされる。韓国では入国する人間全員にする通過儀礼らしい。きっと今でも僕の指紋は韓国のどこかに記録されているんだろう。お兄さんの笑顔を貰い、問題なく通過し、いきなり一人異国に放り出された。一人で旅行をするとはそういうことだ。

 

まず僕は韓国のお金を持っていない。ウォンだ。ウォンがいる。

両替屋はすぐに見つかった。僕のようなボンクラ相手に商売しているんだろう。こういう時のためにいくらか米ドルも用意していたが、「円でも大丈夫よ」と商売上手なおばちゃんが言うので、試しに当分使う予定のない円を、3000円ほど両替してみた。桁が一つ多い紙幣が二枚と、細々したお札が数枚、それとジャラジャラした小銭になって戻ってくる。なんだかお金持ちになった気分だ。どうやら10ウォン=1円、というイメージで良さそうだ。これはわかりやすい。

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▲韓国の道路。日本と似ている。海外旅行チュートリアルにはもってこい。

空気も景色も走っている自動車も、なんとなく日本に似ているがさすが大陸、港湾施設を走るトラックがとても大きかった。タイヤの数が多いし、デカい。そのトラックにひかれないよう港を出ると、やはり日本となんとなく似ている道に出た。さっきの両替屋のおばちゃんに貰った地図を片手に、駅があるという街の中心部を目指して歩く。

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▲東海駅。

おばちゃんお手製の地図に従って行くと、駅が見つかった。せっかくなので建物の中にも入ってみたけれど、残念ながら電車は居なかった。電光掲示板を読み解く限り、そんなに頻繁に発車しているわけではなさそうだ。

もしもあそこで電車に乗ってしまったら、フェリーにも帰れず大変なことになるんだろうなと違う旅路を想像しながら街をぶらぶらすると、小さな商店街に出くわした。果物がある!

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 大量のリンゴやらプラムやら桃やらスイカやらが売られている。店番のおばちゃんも僕に気づき奥から顔を出した。「写真を撮っていいですか」と身振り手振りで伝えると快諾されたのに、「いや、あなたも一緒に」とおばちゃんを撮ろうとすると彼女は恥ずかしそうに笑って、店の奥に引っ込んでしまったのだった。

そんな可愛らしいおばちゃんだったので、僕はリンゴをいくつかここで買うことにした。青いのが3つで1000ウォン。つまり100円ほどか。安い。ちなみに赤いリンゴはその倍の値段だった。

 

試しに一つかじりながら再び道を歩く。……あんまり甘くないな、このリンゴ。そりゃ安いわけだ、と納得して平らげると、いかにも韓国らしい光景に出くわした。

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道端が赤い。よく見るとそれは、天日干しされた大量の唐辛子の色だった。 急に異国に思えてきた。と同時に、せっかくだから辛いものを食べなきゃいけないぞという気もしてきた。

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▲街並み自体は本当に日本に似ている。

そういえば駅前にそれらしい食堂があったなと思い、再びそちらへ向かって歩いた。昼時でお腹は空いているものの、いざ店に入るとなると緊張する。言葉は通じるのか? メニュー、読めるかなあ……。

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▲食堂が並ぶ。こういう時にわかりやすい表示のお店はありがたい。

ドアを開けると客は僕一人だった。昼食には少し早い時間帯、それも不思議じゃない。店の親父さんは僕に言葉が通じないとわかると、「中国人か?」と聞いてきた。「いや、日本人ですよ」「キムチ?」大きく頷いて答える。「ライス?」また大きく頷く。すると親父さんは厨房に消えていき、奥さんらしき人がお水を出してくれた。

店の大きな冷蔵庫の上にはテレビが乗っかっていて、どうやらバラエティ番組を放送しているらしかった。賑やかな男性司会者に、かわいい女性タレントたち。しっかり顔を写すためのワイプ画面。大げさなテロップ。日本でよく見られる番組の画面構成ととても似ている。言葉はわからないけれど、タレントたちが2チームに分かれてポイントを競うクイズ番組だということがわかった。日本でもあるある。

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しばらくして運ばれてきたのは定食のような形態のお盆だった。白いご飯に煮卵、韓国海苔と、これは知っている、「スンドゥブ」ってやつだ。それ以外の小皿に盛られた料理には、どれも唐辛子が使われているのがわかった。もしかしたらそのどれもを「キムチ」と呼ぶのかもしれない。

出されたものは全ていただくのが礼儀だ。僕は比較的辛くなさそうな、シソのキムチに手をつけた。これがめちゃくちゃ美味い。でも辛い。からい。次に干し魚のキムチ。美味い。でも辛い。からい。ご飯がすすむ。白菜のキムチはもちろん美味いし、辛い肉味噌みたいなものも美味しかった。ただ、青唐辛子を赤唐辛子のペーストで和えたらしいキムチは口に入れた途端、耳まで辛さが抜けた。スンドゥブももちろん辛いのだが、それが甘口スープに思えてくるほどの辛さだ。いやもちろんそれだって美味いのだけれど、煮卵と水でなんとか誤魔化さなくては完食できないほど辛かった。からかった。それでも各お皿が空になる頃には、舌も慣れてくれた。

 

そして完食。値段がわからないので親父さんに向けトランプのように各種紙幣を見せると、7000ウォンぶん引き抜いてくれた。700円か。物価は日本の感覚とあまり変わらないのかもしれないな。

去り際、その親父さんは日本語で「サヨナラ」と言ってくれた。しまった。僕は韓国語での別れの挨拶を知らない。そんなことを申し訳なく思いつつ、僕は笑顔で手を振って答えた。

 

気づけば正午前だ。早くフェリーに戻らなくては。想定より長く唐辛子の山と格闘していたのだ。再び船に乗り込み、自分のベッドに戻ってからは、唐辛子を一生懸命消化しようとしているお腹に手を当てて、出航時間まで昼寝した。